箕面の滝と火事現場
ランニングが楽しくなり始めた頃、歩くのも当然好きになり、ハイキングをしたくなった。
大学時代の友人と少し前に若草山に登った時の爽快感を思い出し、3/20に彼氏と箕面へ滝を見に行くことにした。
箕面の滝に行く途中、旅館があると聞いていたので登る前に寄ってみたが工事中で温泉には入れなかった。
だが可愛いマンホールをみつけたので良し。

せっかくなので箕面の滝を見にハイキング。
箕面駅の北側から滝まで緩やかな滝道。
川沿いの楓や桜、杉木立を40~50分ほど歩くと滝が見えてくる。
ハイキングといっても高低差がそんなにキツくなかったので、ハイキングとウォーキングの間という感じ。
彼氏が「これが本当のハイキングウォーキングか」と言い、はいはい、と流した。

あっという間に着いた気がした。
階段が結構あった気がするが、ランニングで鍛えた私の足にはおままごとである。
かかってこいや。
ちなみに猿はいなかった。

滝に向かう道の終盤、ショートカットがあったようだが通行止めになっている。
どうやら火事があったみたいで封鎖されていた。

悲惨である。
ところで行きしも帰りしなも、出店がちょくちょくあって楽しかった。
とくにもみじ天ぷらは思ったより甘くて美味しい。

いやー、良かったですね。
またハイキングしたいわ。
サントリー山崎蒸溜所見学レポ ウイスキー好きにはたまらない!大人の社会見学
4/5(日)、念願のサントリー山崎蒸溜所工場見学に行った。
日本で初めて本格的なモルトウイスキーづくりが始まった場所として知られ、サントリーの歴史と職人技を間近で感じられる、とても贅沢な見学だった。
山崎蒸溜所ってどんなところ?
サントリー山崎蒸溜所 は1923年に鳥井信治郎によって設立された、日本最古のモルトウイスキー蒸溜所。

京都と大阪のちょうど境目に位置し、天王山のふもとに広がる自然豊かな場所。
良質な水と湿潤な気候が繊細で奥深い味わいのウイスキーを育てている。
駅から歩いて10分ほどで到着できるので、アクセスも良好。
到着した瞬間からワクワク
敷地に足を踏み入れると、緑に囲まれた落ち着いた雰囲気に包まれる。

「ここであの山崎が作られているんだ…!」と思うだけでテンション爆上がり!
建物は歴史を感じつつも洗練されている。
大人の社会見学という言葉がぴったり。
ちなみに山崎の崎、右側が「寿」になっていると初めて知ったよ、粋だな。
見学ツアーの見どころ
1. 仕込み工程
麦芽の香ばしい香りが漂い、ウイスキーづくりの始まりを体感できる。


2. 蒸溜器
形の異なるポットスチルが並ぶ様子は圧巻。
ポットスチルの形や角度によって原酒の個性が変わるらしい。

3. 熟成庫
エレベーターで移動中から樽のほのかな香りがする。
エレベーターの扉が開くとすぐ樽の香りが広がり、目の前の光景に圧倒された。
薄暗い空間はまるで別世界…!

熟成庫の温度はだいたい4か月前の外気温の温度になっているそう。
確かに4月に行ったのに1,2月のような寒さだった。
山崎蒸溜所では、「バーレル」、「ホッグスヘッド」、「パンチョン」、「スパニッシュオーク樽」、「ミズナラ樽」などの様々な種類の樽を使い分けることで多彩な原酒をつくり分けている。

貯蔵庫内の保管位置によっても香味は変化するのだとか。
貯蔵庫は温度管理をしていないため、庫内でも場所によって気温が異なる。
よってこの微妙な気温の差もウイスキー原酒の香味にバリエーションを与えてくれるのだ。

厳かで静かな時間の流れを感じる。
一番のお楽しみ!テイスティングタイム
見学の最後にはテイスティングタイム。

代表銘柄である 山崎 を味わいながら、香りや味の違いを学べる。
スタッフの方が飲み方や楽しみ方を丁寧に教えてくださるので、初心者でも安心。
ひと口飲んだ瞬間の感動たるや。
これが本物のウイスキーの香りか…!
華やかな香り、奥行きのある甘さ、そして長い余韻。
普段何気なく飲んでいたウイスキーの印象がガラッと変わるし、製造工程を見てきた分ありがたみがすんごい。
おつまみも全て美味しい。
そして最後に名水の炭酸で作るハイボール。
最高以外の言葉を誰か教えてくれ。
お土産ショップも魅力的
ショップには限定グッズやウイスキー関連商品がたくさん並んでいて、見ているだけでも楽しい。
テイスティンググラスやチョコレートなど、記念になるアイテムも豊富。
私は山崎蒸溜所限定ウイスキー、廃樽を素材に使ったペン、揚げパスタを買った。
テイスティングラウンジは“ウイスキーのテーマパーク”
見学ツアーの試飲だけでも十分楽しいが、実はそれとは別に、館内には有料でさまざまなウイスキーを楽しめるテイスティングラウンジがあった。
ここも本当に最高。
サントリー山崎蒸溜所 テイスティングラウンジ では、普段なかなか飲み比べることのできない銘柄を驚くほど手頃な価格で味わうことができる。
「この値段で飲めるの!?」と思わず二度見してしまうほどで、ウイスキー好きにとっては夢のような空間。
少量ずついろいろ試せるので、気になっていた銘柄を飲んでみたり、香りや味の違いを比べたり、自分の好みを見つける…といった楽しみ方ができる。
見学のあとにゆっくり座ってグラスを傾ける時間はとても贅沢で、大人の遠足の締めくくりにぴったり。
サントリーローヤルに込められた物語
今回の見学で特に心に残ったのが、サントリーローヤルにまつわるエピソード。
ローヤルは、サントリーの創業者であり、日本のウイスキーづくりの礎を築いた鳥井信治郎が手がけた「最後にして最高の名作」といわれている。
1960年、サントリー創業60周年を記念して発売され、鳥井信治郎が長年追い求めてきた「日本人が本当においしいと感じるウイスキー」の到達点として生まれた。
さらに印象的だったのは、その味わいとデザインにまで物語が込められていること。
山崎蒸溜所の奥にある椎尾神社の鳥居に、春になると桜吹雪が舞いかかる――その美しい情景をイメージして、ローヤルのブレンドが設計されたと伝えられている。
華やかでやわらかな香りには、そんな春の景色が重ねられている…らしい。
ちょうど桜シーズンに行ったので、その鳥居と桜の景色を彼も見たのだろうと思うと感慨深い。

そしてボトルの栓は、その鳥居をモチーフにしたデザイン。
さらに「鳥井」という創業者の名字と「鳥居」をかけているという遊び心も込められている。
ボトル本体は漢字の「酒」のつくりにあたる「酉」を表現しており、細部までこだわりが詰まっている。

実際に飲んでみると、香りは華やかで、口当たりは驚くほどなめらか。
派手すぎず、でもしっかりとした存在感があり、「これが創業者の集大成なんだ」と思うと、ただおいしいだけではなく、その一杯に込められた歴史や情熱まで味わっているような気持ちになるぜ。
一つのウイスキーに、創業者の夢、山崎の風景、そして日本のものづくりの美意識が詰まっている。
バックグラウンドを知ってから飲むローヤルは、特別な一杯だった。
実際に行って感じたこと
今回の見学で感じたのは、ウイスキーは“飲み物”以上に、“時間と職人技の結晶”だということ。
何年、何十年という歳月をかけて育てられた一本には、想像以上の手間と情熱が詰まっていた。
知ってから飲むと、味わいの深さが何倍にも感じられる。
まとめ
サントリー山崎蒸溜所の見学は、香り・歴史・職人技を五感で楽しめてとても満足度の高い体験だった。
こすいことを言うと、最後のテイスティングだけで十分参加費以上の価値がある。
ウイスキー好きの私はもちろん、普段あまり飲まない彼氏でも十分楽しめたらしい。
しかし最後のテイスティングは全部飲むと結構ベロベロになるから、ご無理のない範囲で。
静かな森の中で、日本のものづくりの奥深さに触れられる素敵な時間だった。
また季節を変えて、ゆっくり訪れたい。
性格・体調・彼氏との相性を生年月日で占ってもらった
昨日、占いに行ってきた。
占いといっても周易というもので、四柱推命とか五行陰陽のそれである。

周易は中国古代から伝わる占いで、3,000年以上の歴史がある。
統計という観点で十分なデータがそろっていると私は考える。
傾向と対策に備えたい点で参考になるんじゃないかと思い赴いた次第だ。
場所は三条占いスポット。帰り道だったのでちょうどええ。
自分の性格や体調のこと、彼との相性についてかなり詳しく見てもらえて、45分の割に濃かったので記録として残しておく。
私の性格・運勢について
総合的な分析は以下の通り。
火の支 ― ろうそくの火のような人
私の本質は「火」かつ「陰」の性質を持っていて、所謂ろうそくの火のようなタイプらしい。
- 基本的には穏やか
- 必要なときにはメラメラと燃える
- 蠟燭が暗い所を照らすように、視野が広かったり人の心を見透かすことがある
→観察眼や洞察力がある - 蝋燭のように自分の身を削ってでも周りに尽くすところがある
猿の星
猿の星を持っているので、褒められると伸びるタイプとのこと。
これはかなり当たっている気がする。
認めてもらえると、単純なくらいやる気が出る。
自我が強い
自分の考えをしっかり持っていて、ときにはわがままに突っ走ることもあるらしい。
ただ、協調性の五行も持っているので、極端になりすぎることはないそうだ。
水の要素が少ない
「水」が少ないので、冷え性になりやすい。
泌尿器系や生殖器系に注意と言われた。
最近ちょうど手足の冷えを感じていたので、確かに。
辰巳が大殺界
辰年と巳年は運気の波が大きく、注意が必要な時期らしい。
22歳〜31歳は苦労の時期
この時期はなかなか大変だったはず、と言われた。
振り返ると、確かにいろいろせんでええ苦労したり模索したりしていた時期だった。
これからの運勢と体調
健康面は気にしていたい。なんか最近不正出血多いし。
2026年・2027年
体調面は特に問題なく、むしろ好調な時期とのこと。
今のところ安心して過ごせそう。
2027年
結婚するならこの年がおすすめらしい。
ちょっと現実味が出てくる。
2028年
交通事故などに注意する年。
移動の際は慎重に過ごしたい。
2029年〜2032年
妊娠・出産を考えるならとても良い時期。
モテ期でもあるらしい。
2032年
健康面に注意が必要で、病気や手術につながることもあるかもしれないとのこと。
50代後半〜60代
身体のガタが出やすい時期。
今から健康管理を意識しておくのが大事。
彼との相性
肝心な彼氏との相性よ。まぁ付き合ってまだ半年だけどさ。
生年月日だけでもかなり似ている
彼も私と同じく火の支で共通点が多く、かなり似ているらしい。
- 猿の星
- 辰巳が大殺界
- 水の要素が少ない
といった点もそっくりそのままなんだとか。
縁が切れない
「腐れ縁」と言われたけれど、悪い意味ではなく、簡単には切れない深い縁があるということだそう。
彼の性格
- 大器晩成型
- 芸術家気質
- 趣味を仕事にすると良いタイプ
- 70代、80代になっても元気に働く人
- いろいろなことに興味を持つ
- 人付き合いが上手で優しい
- 褒められると伸びる、怒るとすねる
- 少し優柔不断
- 子供っぽいところがある
思い当たるところが多く納得した。
彼も水が少ない
彼も「水」が少ないので、泌尿器系には気をつけた方がいいとのこと。
27歳〜36歳は苦労の時期
彼もまた、この時期に苦労が多かったはずと言われた。
相性の総評
「めちゃくちゃバッチリはまるという感じではないけれど、お互いに足りないところを補い合えて、一緒にいて居心地が良い関係」
いいじゃんね。
悪くないし安心したわ。
占いを受けて思ったこと
占いの結果がすべてではないけれど、自分の性格やこれからの流れを改めて見つめ直すきっかけになった。
特に印象に残ったのは、ろうそくの火のような性質だと言われたことと、彼とは補い合える関係だと言われたこと。
基本的に「自分の運命は自分で決める」と思うタイプなので振り回されはしないが(これが我が強いということなのか)、決断の後押しに考えてよかろう。
当たっているかどうかはこれからのお楽しみだけれど、前向きな気持ちになれる有意義な時間だった。
東京と大阪のマラソン大会の違い
以前、甲状腺を全摘したことで前向きになったので運動しようと思い立った。
そんでもって、2025年6月くらいから週1-3ペースで走り始めた。
かれこれランニングを始めてもうすぐ1年経つ。
私は目標がないと頑張らないタイプの人間。
なので今年2026/2/14に東京都北区赤羽マラソンで10km(クォーター)、3/21に大阪長居公園マラソンで5km(1/8)を走った。
大阪も10km走りたかったけど職場のベッド移乗で腰を痛めたので泣く泣く5kmに。
許しておくれ。
東京都北区赤羽マラソンは荒川の土手を走り、旧岩淵水門も通る素敵なルートだった。

何が良いって、水門走る機会なんてそうないし、土手走ってる時にスカイツリーが見えてくるんだよなぁ。
(走るのに精一杯で写真など撮ってないが)

運動など勿論初心者だし、ランニングも毎回5〜6kmばかりだったので10kmは結構しんどかった。
ただ達成感はひとしおだったし、バレンタインの日だったのでチョコめっちゃいただいた✌️
なにより走り終わった後の銭湯と言ったら…!
最高だった。
あれをもう一度味わいたくてまた走りたいと思う。

みんなよくハーフとか3/4とかフルとか走れるよな。
来年ハーフ目指して頑張らねば。
大阪は長居公園。
自然豊かで、ランナーで集まって行うストレッチもあった。
音楽流したり、「みやぎ選手、ゴールです!」とかアナウンスもあって士気が高まる。

太陽さんさんであっつい日だったけど、自己ベストを出せた。

長居公園は高低差も少なく、京都の住まいからも近かった。
また走りに行きたいですなぁ。
東京と大阪のマラソン大会で違いを感じたのが、ギャラリーや通行人。
東京荒川の土手で一般の通行人ともすれ違ったが、皆まるでランナーなど見えないかのように当たり前に通り過ぎる。
応援の声といえば給水所のおばさん、おじさんだけだった。
一方大阪は、ランナーに声援や野次を投げる。
通行人が「気張りやー!」「もう少しやで!」、しんどそうに走るランナーには「代わりに走ったろか!?」とか声を張り上げている。
マイペースで干渉されたくない人的には北区赤羽マラソンはいいだろう。
大阪は活気があり、応援は力になると実感できた。
どっちも良かったな、今度は京都で走りたいぜ。
落ち葉は根に帰る
旧知の仲であるフォトジャーナリスト・村山康文氏の個展が最終日だというので、急いで駆けつけた。
ベトナム戦争のその後を、多角的な視点から収めた展示。
もっと深くを覗きたくなるような、それでいて改めて問題を突きつけられているような、肺腑にしみる個展だった。

村山さんとはちょうど10年前・大学時代に知り合ったことになる。
沖縄戦後70年の節目、京都新聞の記者からの取材依頼がきっかけだった。
「沖縄出身で戦争を知らない20の学生が沖縄戦をどう捉えているのか」
取材は新聞に掲載され、私の周囲ではそれなりに反響があったと思う。
記者の方から「取材のお礼といってはなんだが何か私に協力できることはあるか」と問われた私は、咄嗟に「ジャーナリストを紹介してほしい」と伝える。
そうして知り合ったのが、ベトナムを28年追うフォトジャーナリスト・村山さんだった。
村山さんとはその後よく呑むようになり、ベトナムの取材にも同行させてもらった。

村山さんの飲み会には何十回も参加したけれど、必ずといっていいほど”初めまして”の方がいて、出会った経緯も奇天烈なものばかりで混沌極まりない。
大学の受動的な講義とはちがって、これまでつきあったこともない人とこれまで自分ひとりでは思いつきすらしなかったことが始まる、そんなわくわくするカオス状の場が開かれていた。
ところが社会人になりお会いする機会がうんと減っていた。
久々の村山さんの写真と今回の展示内容を見て、村山さんが歩みを止めなかったこと、そしてクラウドファンディングや多くの協力者によって開催に至ったことに改めて胸を熱くした。
今回の立命館大学国際平和ミュージアムの特別展の写真は、どれも村山さんしか撮れない写真だった。
被写体の人物のまっすぐな瞳がこちらに物言えぬ感情を訴えかけてくる。
写真は二次元なのにいずれも立体感があり、その湿度や温度まで伝わってきてじっとり汗をかく。
とある写真のキャプションに、ことわざ「落ち葉は根に帰る」が引用されていた。
このことわざを見たとき、まさに立命館大学の国際平和ミュージアムに足を運んでいる今、私は10年の時を経て根に帰っていると思い至る。
思い起こせば村山さんを起点としたご縁だけじゃない。
ゼミの福間先生をはじめ、大学で惜しみなく時間を割いてくださった先生方。
膨大な知識が蓄積される京都の立命館大学産業社会学部で歴史社会学を学ぶ経験が、私の視野のタイムスケールを拡げてくれた。

大学時代のバイト3つ、サークル2つも然り。
様々な人脈や環境から、自分でコンテクストを作っていく大切さを教わった。
事柄の道筋をロジカルに組み立てる思考、
意見を交換しながら当初だれも思い描いていなかった結論を見出す合意形成の能力、
いざというときに助けてもらえる人をいつでも動員できる人々のネットワーク、
一つの問題に侃侃諤諤議論する場…。
今思うと社会人になったら、お金を払っても手に入れられない経験だったのではないだろうか。
私は本当に運がよかったと思う。

病院で働いていると、内輪の符丁で語る人が多いことに違和感を抱く。
するとどんな世界にいったって、大学でかじった社会学は確かに私の思考回路に脈々と流れていることを実感する。
延いては知らない事がもっとあることにも気付かされるのだった。
今年は戦後80年、もうすぐ慰霊の日。
悲しくも戦争の語り部が減っている今、それでも記録は残って継承されていく。
1つのライトを当てるのではなく、さまざまな側面から逆照射していかなければならないだろう。
誰かにとって都合の良い記録だけが取り沙汰されないように。
戦争で亡くなられた方がどうか安らかに眠れますように。
近代社会で恋愛結婚が一般化してきた理由
「恋愛と結婚は違う」とよく言われる。
ただ一緒にいるだけでうれしいという純粋な喜びとしての恋愛と、親戚一同を巻き込んだ生涯にわたる結婚は違うという意味だろう。
なのに恋愛結婚が一般化している。
この現実の乖離に疑問を抱いていたとき、『恋愛社会学: 多様化する親密な関係に接近する』と本屋で出会った。
※まだ序盤しか読めていないが腑に落ちた内容があったので残しておく。

恋愛と結婚は違うのに恋愛結婚が標準化する現状に困惑するのは、個人的な関係としての恋愛と、社会制度に組み込まれた結婚、この正反対に位置する「恋愛」と「結婚」が直結させられているように見えるからだと。
恋愛結婚を実現するには、感情的な魅かれ合いから始まった楽しい個人的な関係を、長期的な関係へと発展させていく必要がある。
しかも関係性の変化を自分の気持ちに折り合いをつけつつ、相手という他者とともに達成していかなければならない。
我々はなんて難しいことを要求されているんだろう…!
結婚はなんとなく生きていれば起こるライフイベントではないと三十路にはよくわかる。
恋愛結婚をするためには個人が主体的に恋愛にコミットしていく必要があった。
だからこそ、「恋愛をすることで何が得られるのか?」「そもそも恋愛する必要ある?」と疑問を抱いてしまうのだ。
そもそもなんでこんなに特殊な恋愛結婚が近代社会でノーマライズされているんだ。
それは潜在的に、プライベートな部分をさらけ出し認めあうパーソナルな相手が必要なのではないかと。
職場や学校などパブリックの部分で求められる人物像ではない、1対1の時に発現するもの。
個々人がそれぞれに持っている世界認識の妥当性を認め合う作業が求められているのだった。
さらにお見合いから恋愛結婚への移行の中で、経済力とか外見とか合理的な理由ではなく「愛」が結婚の最大の理由となってきた理由も触れていた。
それは本人だけが理解できる愛を根拠とするロジックこそが、配偶者選択における周囲の人々の干渉を排除することに役立ったからだった。
「恋愛をすることで何が得られるのか?」
それは恋愛結婚が個性的個人間に社会的な実質を与えるコミュニケーションであり、恋愛結婚が配偶者選択における個人の自由を最大化できるといえる。
じゃあ、友人と恋人はどう違うのか。
これも以後読み進めて記録に残していきたい。
愛した人はどんな形になっても愛おしい
最近マッチングアプリで出会った男性に尋ねられた。
「マッチョは嫌い?」
「体型は気にならない」と答えた。
今まで付き合った人は体型も性格もバラバラだった、と。
私はなぜ、付き合う相手の体型を気にしないのだろう。
小説「BUTTER」で体型に言及されているシーンを読んで、自分が相手の体型に寛容な理由が少し昇華できた気がした。

本作では女性記者・里佳が独占インタビュー記事の取材を取り付けるために、殺人容疑者で不思議な魅力をもつ梶井の指示通り、習慣的にバター料理を食べるシーンがある。
そして案の定、里佳は5,6kgとだんだん太っていく。
周囲から「お正月休みもろくにないのに、そんなに太れるってどういうことですか?」だの「運動する気ないよね」だの「太ることだけは、本当によくない。努力が足りないって思われて、信頼を失う」だの散々の言われよう…。
しかし梶井の言葉や里佳の心境の移り変わりで、次第に自分の身体に魅力を持つようになる。
(太ったといっても里佳の身長は166cmでその時の体重は56kg、全然じゃんね)
そして周囲の人の否定意見も跳ね返し、自分の身体に誇りを持ち前向きに生きる里佳を見て、増量を非難していた周囲の人も彼女に惹かれていく…。
私はBMIが22.3で、人のことを言及できるほど締まった身体じゃないと思っている。
ややぽちゃ~ぽちゃ域だと思っているから、人の体型をどうこう言える立場じゃないだろうと。
甲状腺を摘出してからは太りやすくなって、サイクリングや食事管理をしているけど、体重の現状維持で精一杯。
逆に太りたいのに太れない友人もいる。
だから体型が卑しいと周囲の意見でがんじがらめになっているなら、解き放つことも大事かもしれないと感じた。
自分の体型による生きにくさを最小限にできる程度に。
自分の身体を愛することって素敵だもの。
私が異性の体型を気にしないのは、その人の心が健康であってほしいと願っているからだ。
病院で働いていると人には個体差があることも、年とともに確実に変容していくことも目の当たりにする。
健康でムキムキでも、体質や薬で痩せたり太ったりしてても、病気でガリガリになっても、浮腫んでパンパンでも…。
どんな体型であろうと、その人の心や魂はそこにあるわけで。
時間とともにその形になっただけで、変わらず目の前にいるのは好きな人だから体型を気にしない。
例えば母は、昔に比べてしわも増えて身体も小さくなった。
けど無性の愛を注いでくれた、変わらず今そこにいる大切な人だ。
私が愛した人なら、どんな形になってもきっと愛おしい。
心身ともに健康でいてほしい。
健康じゃない状態でも、刹那的でも幸せでいてほしい。
それが私の幸せでもある。
「体型を気にしない」と矛盾するが、一時の欲求を満たすことを継続して、極端に太るのは暴力的だとは思う。
自分をいたわらないだけじゃなく、大切な人に心配をかけたり迷惑かけたりする、という意味でも。
満ち足りない生活をすることで満ち足りる生活はいつか皺寄せが来る。
だから気持ちが凪いだら、身体にやさしいものを食べて未来の自分の幸せを築いてほしい、と大切な人に思わずにはいられない。